近況とエスペラント語

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ポーランド語を勉強し始めたと前に書いたが、あれからすぐにエスペラントに鞍替えした。前から興味はあったし、想像よりは簡単そうだったのでDuolingoなどで軽く触ってみたところ、暫定だが毎日学習する意欲を保てている。ロシア・ウクライナ間の戦争が激化したことで「バビ・ヤール」の概要を知り、同詩をエスペラント語で朗読したものを収録した『Ni Kantu en Esperanto』を思い出したことも理由の一つだ。今のところは単語と対格における変化などを覚えるだけで精一杯だが、簡単な作文ができるまでの距離が短いとは感じている。たどたどしく喋りながらゲーム実況でもしてみようかと。

ここまではいい。だが、月々の支払いから今後の負債の全体像を鑑みた結果、語学の勉強をしている場合ではないと認識を改めることになった。語学のモチベーションと同じくらいにホームページの更新(noteの記事をすべて移動させるなど)、今後の自費出版(候補たくさん。秋頃に一冊出す予定)など、やりたいこと/実現したいことが大量に湧いて出るのだが、これらはすべて現実逃避としての景色である。実現することの内実またはそれに必要なものが、説明できない。ゴールだけを考えてその道筋を想像していない。エスペラント語の学習も「それなりに読み書きできるようになる」という図だけ用意して、そこに至るまでのコースをなんら想定していない。こういうところに「勉強中です」と書いて、何かしている気になっているだけなのが現状だ。そうでもしないとおかしくなってしまうほどに時勢やプライベートのネガティブな影響もあるが、これらを一つでも解消(距離を置くとか、そんな生易しい方法では無理)しない限り改善はない。そしてそれは不可能に近い。他人と共有できないのがまたつらいのだが、とにかく難しい。ここ10年以上悩んで得たこともあり、これは間違いない。

派遣やらアレコレやってはいても、30すぎたあたりから持続させるのが難しくなった。作業自体は楽でも、そこに時間を費やすことがもう負担で息苦しいのだ。見かねて仕事を振ってもらったこともあるが、そこは特段優れていない人間なので、期待通りに働けるかといったらそうではない。よく仕事をクビになったり、辞退してきた経験が活きる瞬間だ。
限界まで貧しくなってようやく重い腰を上げ、長い髪を切るようになる。自営業者は風貌に左右されないのと好きな時間に寝起きできるというが、その域に達していないので単に金のないフリーターのようなものだ。若い頃に適当に海外なりに転がりこんで、その日暮らしを続けていく、というビジョンを描いたこともあったけど、今こうなっているということは、それも大してやる気がなかったのかもしれない。

33歳の今、上に書いた状況に対して日に日に鈍くなっている。危機感を抱くタイミングがもろもろのデッドライン目前になってきており、先を憂うということができない。今日まで生きてこられたことで無意識に楽観視しているのかもしれない。これで他人と常識が合うはずもなく、いろいろな関係も長続きしない。他人同士では好意的な関係でも、共に何かするとなれば厳しい態度をつきつけられ、こちらから身を引くことが何度もあった。

とにかく、自分の本業で金を稼ぐのは不可能だということを気付くのが遅すぎた。正確に言えば、貧困に耐えられるのは(もともとポンコツな自分にとっては)20代までだと気付けなかった。ものを作ってもとにかく売れないし、売ることに不器用なのが災いして告知の段階でもなかなか苦戦する。宣伝や告知に対する忌避感は明らかにtwitterの弊害だろう。正直、あんな相対化される場所でアピールするなんて正気の沙汰ではないと思う。どんなサービスであろうともまずはあそこで告知しなければ話にならない風潮が嫌でたまらないから、こうしてホームページを更新している。そして、それは売ることの放棄である。

近況とはいえ、こうした事情を突然書くと、今までのとぼけた更新内容はなんだったのか、と思われるだろう。むしろこういう気分を露出しないための自省としてのとぼけた内容だった、と思っていただきたい。自分の面倒は自分でみなさい、困ってるならもっと困っているそぶりを見せて「そういう人間」になれ、といった声がこれを書いている時点ですでに方々から聞こえてきそうだ。ただ、そんな器用な真似はできない。
とりあえずレコードとCD/DVDの類はほぼすべて売る。本は資料として手放せないし、状態が悪いものも多いから金の足しにはならない。もう何度も困っては売っての繰り返しで、手元にはほぼ残っていないのだけど。



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(22.3/29)